今日も東京新聞から。
衆院選の惨敗を受けて、民主党の代表を退いた、岡田克也氏のインタビューです。
せっかく前原新代表が民主党を変えていこうかというときに、こういう記事を載せるのも何だかな、と思いますが、そこは東京新聞ですからw
『民主・敗軍の将』岡田克也前代表に聞く (東京新聞 9/21)
記事の分量がかなり多いので、内容はリンク先を実際に見ていただきたいのですが。
個人的に目に付いた部分を挙げます。
――では、政策と訴え方は間違っていなかった。考え方を変える気はないと。
ありません。選挙の結果は非常に重く受け止めないといけないが、私自身の考え方が拒絶されたとは思っていない。届かなかったということだ。 |
――前原代表は憲法九条改正論者。民主党には、護憲の立場の人もいる。
彼個人の考えと、代表になったときの立場は違う。慎重に物事を進めると思う。よく考えることのできるリーダーだから、何の心配もしてない。彼が安全保障の面で勝負するとは必ずしも思っていない。それは国民がいま最も望んでいることではないと思う。 |
――ご自身の政治家としての今後の展望は。再度、首相を目指すのか。
私自身の政治家としての目標には、何かになりたいというのはない。自民党を離党した(一九九三年の)段階で、そういう望みはすべて捨てている。二大政党制を定着させたい。政権交代が可能な政治を定着させるのが第一の目標。そのことにまい進したい。
今回の選挙結果をみても、まだ私の考えが多くの人に理解されるに至っていない。永遠に理解されないかもしれないが、理解される時が五年、十年先に来るかもしれない。それは巡り合わせだから、来なかったとしても、かまわない。 |
これだけ選挙で大敗しながら、「考え方が伝わらなかった、拒否されたわけではない」と、またその考え方が「理解されるときが来なかったとしてもかまわない」と言える岡田氏は、かなりの理想論者ではないのかなと思います。
私個人としては、やはり社会人である以上は、理想は理想として置いておいて、それとは別に結果はきちんと出さないといけないのでは、そうでないと評価されるときは永久にやってこないのでは、と思うのですが。
政治に信念を持つのは、すごくいいことだと思います。
しかし、やはりそこは党首たるもの、いち政治家と同じ姿勢ではダメでしょう。
理解されなくてもいい、というのは、2ちゃんねる風に表現すれば「チラシの裏に(ry」ということですから。
ただ、その辺を滲ませる、前原新代表に対しての「彼個人の考えと、代表になったときの立場は違う」という言葉は象徴的ですね。
岡田氏は仮にも元自民党で、旧社会党が多数含まれる現在の民主党をまとめ上げるためには、自分の理想とは全く違うことを口にしなければいけないことも、多々あったはずです。
2ちゃんねるでは「シナの走狗」だの「売国奴」だのと言われ続けた岡田氏ですが、そこに対しては同情を禁じ得ません。
ただ、民主党の衆院選での敗因が、ほとんど分析されていないのは気になります。
もう代表じゃないから、そんなこと考える必要もないのでしょうか。それではダメですよね。
私の考える、民主党の敗因というのは、やはり「党首」。これに尽きたと思います。
党の看板である党首が、あまりにも弱かった。それだけの話ではないでしょうか。
例えば、自民党の小泉首相、公明党の神崎氏、国民新党の綿貫氏、新党日本の田中氏。
どの方も、政策はともかく、人を惹きつける「何か」があると思います。
逆に、岡田氏や、共産党の志位氏、社民党の福嶋氏には、そういう面が足りない。
(見た目とかそういうのではなく)
例えばテレビで姿を見て、「おっ」と思わない。
やはり、ぱっと見て目を引くようなタイプの人でないと、党首というのは勤まらないと思います。
いくら唱える政策がすばらしくても、その政策を聞いて貰えない、伝わらないのでは、問題外ですから。
前原新代表には、そういう「党首としての器」は、少し足りないまでも、これからかな、と思います。
別に民主党の応援をする気は毛頭ないですが、対抗馬がダメダメじゃ、政治も面白くないですから。
日本を良くするために、前原新代表にも頑張っていただきたいものです。
posted by 深淵 ◆tLy454Q/mI at 00:24|
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