2006年02月05日

はいはい差別差別

朝日新聞の土曜版別冊、「be on Saturday」より。

「逆風満帆」 人材育成コンサルタント 辛淑玉(中)
(長文です)
 辛淑玉(シン・スゴ)は59年1月、東京都渋谷区で在日朝鮮人3世として生まれた。

 父は弁護士を目指していたが、日本国籍を奪われて道を閉ざされ、職を転々としていた。貧しかった。姉、兄、弟の4人兄弟。食い詰めては母の実家に転がり込んだ。

 幼稚園には行けなかった。小学校に入るころから働いていた。最初は消しゴムのカバーをのり付けする内職。ひとつ何銭の仕事だった。同胞家庭のキムチ作りを手伝ったり、1世に手紙を読み聞かせたりして食材をもらうことも多かった。

 母がマージャン屋の手伝いを始めると、そこから小学校に通った。牌(パイ)の掃除が日課となった。並べて布でふき、最後に滑り止めのシッカロールをふる。カウンターの下で宿題を片づけ、規制の閉店時刻午後11時を過ぎると、卓を囲み続ける客のために外で見張りに立った。冬は凍えて「耳がカンカンした」。

 ヤクルトや新聞の配達、パン屋や居酒屋の店員、ビル掃除、チラシ配り、モデル、ライブハウスのDJ……。成人するまでに経験した仕事は20を下らない。

 小学3年から中学2年の途中まで民族学校に通った。熱心な活動家が父に勧めた。日本の学校からの転校生は、半日本人を意味する「パンチョッパリ」と呼ばれた。チョッパリは韓国語で豚の足。日本人がゲタをはく様からきた蔑称(べっしょう)だ。

 4年の時、親類からもらったジーパンをはいて学校に行った。「米国文化はけしからん」と同級生にけられ、椎間板(ついかんばん)ヘルニアになった。「医者代を考えると体が震えた」

 中学2年で再びヘルニアになる。今度は教師の暴力。金がないのでキャンプに参加を申し込まずにいると、教師が「革命家の親は子供の勉強に金を惜しまない」と説教を垂れた。「バカじゃないか」と口答えすると「個人談話室」に連れていかれた。

 民族学校の外も敵だらけだった。

 中学はチマ・チョゴリを着て通う。兄と登校中、乗り換えの新宿駅南口で木刀を持った十数人の男に取り囲まれたことがある。ひとりが兄のあごに手を触れて「お前、チョンか」と因縁をつける。通勤客も駅員も誰も助けてくれない。必死で電車に走った。兄が制服に血を付けて帰るのはしょっちゅうだった。

 辛は2度目のヘルニアを機に区立中学に転校した。学校の意向で「新山(にいやま)節子」を名乗らされたが、朝鮮人であると知れ渡っていた。ある教師は「あちらの方」と呼んだ。

 「あそこを卒業すれば朝鮮人でも就職できるらしい」という同級生の言葉を耳にして、都立第一商業高校に進んだ。就職を目指して猛勉強し、商業英語や簿記、珠算、タイプなどの検定を次々とものにしていった。

■聞こえる叔父の慟哭

 しかし、間もなく卒業生名簿をめくって気づく。同胞とおぼしき先輩は自営ばかり。就職の夢がしぼむ。働いても働いても生活は苦しい。希望が見えない。2年生になった辛は「帰国船で北朝鮮に行く」と担任に告げた。

 60年代前半、母方の祖父と2人の叔父が帰還船で北朝鮮に渡った。辛の一家も後に続く準備をしていたが、祖母が引き留めた。北朝鮮の実情が徐々に伝わってきていたからだろう。それでも、独裁政権の韓国や希望の持てない日本での生活を思うと、北にすがりたくなる気持ちを抑えられなかった。

 担任の奥田省三(64)は止めた。「ぜったいに行くな。どんなことがあっても高校を卒業しろ。これからどうやって生きていくか、一緒に考えるから」

 辛は振り返る。「あの時、先生のあの愛情がなければ、私は今ここにいない」

 79年、北朝鮮の叔父から手紙が届いた。祖父は栄養失調でとうに死んでいた。祖母は大声で泣いた。病床の身であったうえに、墓参のために韓国籍を取った後だったから、息子を訪ねることはかなわない。母が代わりに北朝鮮に行った。叔父は長らく鉱山で働き、死んだら誰かが伝えてくれるように祖母の名を腕に入れ墨していた。

 母が日本に戻ると、叔父は何度も手紙を寄越した。もうひとりの叔父の訃報(ふほう)。無心。そして自分の生活を助けるため、辛に朝鮮総連の活動をして欲しいと繰り返した。

 その叔父は数年後死んだ。

 「今でも叔父の慟哭(どうこく)が聞こえる。助けられないことが多かった。見殺しにしてしまった。生きていて申し訳ない」

 辛は言った。=敬称略

(高谷秀男)

漏れの言いたいことは、ただ一つです。

上下二回かと思ったら上中下三回もあるのかよ
posted by 深淵 ◆tLy454Q/mI at 00:30| Comment(6) | TrackBack(0) | だめだコリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
俺も言いたいことが2つ。
・椎間板ヘルニアになるまで蹴るミンジョク学校の生徒は基地外です。

ちなみに私、頚椎椎間板ヘルニア持ちですが、オートバイで80km/hでコケたのが原因です。
いったいどんな力で蹴ったんだろう。

・新山節子については、ぢぢ様のサイトに
280 名前: つづきぢゃ 投稿日: 2000/06/13(火) 20:54
(略)
ちとこれよりもだいぶん時期が後のことになるが、すっかり有名
になった辛叔玉という鮮人のおなごがおるぢゃろ。

あれも一人で帰化しようとして、失敗した口ぢゃよ。

281 名前: これもぢゃ 投稿日: 2000/06/13(火) 20:56

本人は、帰化後の名前を辛叔玉にしようとして、断られたと言っ
ておるがな、新山節子ぢゃったかの、もともと通名で社会生活を
送っているものが、急に本名で帰化したいなどと言っても相手に
されんのはあたりまえぢゃが、本当のところの理由は知らんの。

帰化したかったんジャン。
Posted by ひらばりあん at 2006年02月05日 13:08
もうひとつ。
前にも書かせてもらったことがありますが、
私の親父も戦争で祖父を無くし、貧乏でした。
高校行きながらアルバイトで家計を支えていました。
昔はそれが普通だったのです。
差別されたから貧乏だったわけじゃないのです。

だから、こいつのこういう貧乏自慢は心底腹が立ちます。
Posted by ひらばりあん at 2006年02月05日 13:11
この人、あらゆる物に対して毒を吐いているだけで、何がしたいのかよくわからないんですよね。
主義主張が見えてこないと言うか。
前のエントリで、「爆笑問題・太田光」とキャラがかぶってる気がする、と書いたのは、その辺なのかもしれません。

で、貧乏自慢はいいんですが、いま、マスコミで、格差が広がったなどと言われてますよね。
今日の朝日新聞朝刊にもそう書いてありました。

でも、ほんとに格差は広がったんですかね?
こんな「辛さんの子供の頃のような貧乏家庭」は、明らかに少なくなってるのではないか、と思うのですが。

漏れにはかなり疑問なのですが、どうなんでしょうね。
Posted by 深淵 ◆tLy454Q/mI at 2006年02月05日 22:51
>でも、ほんとに格差は広がったんですかね?
何の「格差」が、どのように「広がった」のか、
明確にしているマスコミって、無いですよね。

豊かさを示す指標としては
 総収入、手取り(税抜き)収入、可処分所得、遊興費、食費(エンゲル係数)etc.
があるのですが。
これらが、小泉首相就任前と現在で、どのように変化したかを
データで示して欲しいものですね。

ちなみに、マスコミの言うところの「格差が広がった」とは、
『ホリエモンは何十億と稼いでいるのに、タクシー運転手は
規制緩和で給料が半分になった』とかいう話みたいですけど、
これは野球選手とサッカー選手の年俸を比較するようなものですから、
格差が広がった証明にはなってませんね。

>この人、あらゆる物に対して毒を吐いているだけで、何がしたいのかよくわからないんですよね。
自分に酔っているだけの、ある意味可哀想な人ですよね。
でも、私はこの人大嫌いですw

>前のエントリで、「爆笑問題・太田光」とキャラがかぶってる気がする
演芸好きの私としては、こいつは漫才のボケの才能は天下一品なだけに、
「いらんことしないで漫才をやれ!」といいたいです。
政治を語りたければ西川きよしくらい漫才を極めてからにして欲しい。
Posted by ひらばりあん at 2006年02月06日 23:36
はじめまして。いつも読んでます。
格差社会も学力低下も少年犯罪急増も全部根拠なしですよ。少年犯罪は反社会学の方が詳しくやられてますが、学力低下も根拠としてるテストは99年、02年、05年の3回くらいしかやっていないテストで、それより過去のデータがない上に、これらのテストでも点数は変わらず、ただ順位がさがた結果偏差値が下がり、しかし上位に来た国は前回の試験を受けていないだけという低下の根拠にまったくならないものでした。
格差に関しても格差を表わすジニ係数は微増してますが、同世代におけるジニ係数は変化していません。
日本は昔から若者ほど所得の格差が少なく、年をとるごとに差がつく社会なのですが、その状況を維持したままで、単に高齢化が進んで全体として格差があるように見えるにすぎません。一人当りの生涯所得自体に差がついたわけではないのです。
Posted by くも at 2006年02月07日 17:49
>ひらばりあんさん
日曜日の朝日新聞を見たのですが、格差広がってる特集を1面と2面で大きく取り上げていました。
(ネット上にはソース無いと思います。高島平団地を舞台にしたものです)
しかし・・・
取り上げてる「サンプル」が、病気で働けなくなった世帯とか、そんなんばっかりなんですね。
そんなん特殊事例だろと。あほかと。
そいつらが若かった頃は、もっと掃いて捨てるほどに貧乏人いただろと。

「芸人・太田光」は、漏れも好きでしたよ。
ボキャブラ天国に出てたころは、一番好きでしたから。

でも今は・・・もう戻れないでしょうね。

>くもさん
漏れの駄文なんか読んでいただいて、有り難うございます。

けっきょく、マスゴミがいつも使う、数字のマジックなんですよね。ぜんぶ。

少年犯罪だって、犯罪の内容は変わってるんだろうなとは思いますが、増えてるわけじゃないと思います。
根拠はないですが、実感として。

それよりも、外国人犯罪は明らかに増えてるのに、それは小さくしか報道されませんねwww
Posted by 深淵 ◆tLy454Q/mI at 2006年02月07日 23:12
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/12764123

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。